いつも嬉しい分だけ後から悲しみがくる…という松任谷由美さんの詩に若い頃は恋愛だけをなぞらえていましたが、最近はどうも違う。今日も岸田今日子さんの訃報に彼女の独特の語りを楽しんだ代償としての喪失感を感じてしまいます。吉村昭氏の作品と出会ったのは大学2年生の時、「破船」でした。村上龍や池田満寿夫、中沢けいの洗礼を受けた私は職人の手仕事のような緻密で正確な文章に惹かれ、息を詰めて読んだ気がします。その後、氏が歴史小説を書く際には子どもを対象に書かれた歴史書や伝記を想像や作家の私見を許さない資料として読み尽くすと知り、子どもの本に関わる職業の者としてとても嬉しかったのを覚えています。この夏もそんな記憶のその分だけ確実に訃報は私に寂しさをもたらしました。それ故に最後の作品は一気に読み上げた後、なかなかここに記することができずにいました。長くは生きられないかもといわれ続けた少年時代を過ごした湯治場の出来事。その費用をまかなって彼を庇護した兄の一人の死。その死を客観的に、事実を積み重ねるかように記述した二つの作品。兄を見送る気持ちがそのまま自分の死出の旅支度であったのでしょう。兄弟は楽しい思い出もたくさんくれたけれど、いずれは誰かが見送る立場になりますね。延命を拒否した最後を述した津村節子氏(妻)の文章を読んだ時、モノトーンの本なのに淡い朱鷺色をが添えられたような、そんな気がしました。


  • 著:吉村 昭
  • 出版社:新潮社
  • 定価:1365円(税込み)
死顔
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書評データ
  

破船
破船
posted with 簡単リンクくん at 2006.12.21
吉村 昭著
新潮社 (1985.3)
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